雑記

2017年1月22日 (日)

創作における脱力

よく、あれを作りたい、これを作りたいと思ってスケジュール組んだり時間を決めて創作活動を行った。

けれど、気負いすぎによる空回り(思考、環境によるエネルギーの消耗)が度々発生する。

気負って作業できれば良いが、そうでないときは「脱力」を意識する。

脱力とは、肩の力を抜き、難しい理論や思考を作らず作業に取り掛かることである。

思考の原点は音ゲーにおける脱力である。音ゲーの脱力は中上級者から、上級以上になるために必須の「技術」である。運指の意識や思考を続けながら自分のギリギリの難易度に挑戦するとクリアできなくなる。それはリソースが思考に行っており、また、考えることにより筋肉が硬直し複雑な縦連、トリル、デニムが取れなくなる。それを回避するために脱力が必要なのである。

創作活動中でも同じような経験がある。ギリギリの難易度の質を求めて肩に力が入ると上手く作れない。翌日に回すと脱力が発生し、すんなり行くことがある。それを意識的に行うという技術を習得したい、というものだ。

が、これはおよそ上級以上に必要な技術であり、現在、肩に力が入るとうまくいかない、必要以上に考えながら創作する、という手続き的知識から来ている。そのため、上手く創作活動できない、という経験が無いと脱力の習得ができない。人に教えるにはとても難しい技術である。

そもそも、上級とはどの基準を以て指すのかというのも個人の判断に委ねられる。
ここでは、肩に力が入り上手く創作活動できない経験を持つ人と定義することにする。

結論として、脱力意識は常に持っておくと精神的に創作活動できないという障壁を越える道筋ができるかもしれないということである。

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2016年8月17日 (水)

モノが多いとジリ貧

 数日前にAT限定で運転免許を取得しました。
その際に2週間ほど、他県で合宿教習をしてたんですが、当然自宅ではないので部屋の装備が最低限しかなく、本やその他もろもろのアイテムなんて全くない状態です。

けれど今思うと、そちらの方が作業に集中できていた感想が湧いています。色々理由が考えられるので列挙して、残しておきたいです。

1、限られた期間での作業ノルマ
2、何もない環境により誘惑が少なかった
3、作業ノルマの単一化

1としては、“2週間という限られた期間で、試験3回(本免学科試験は卒業後)のクリア”という分かりやすいノルマがありました。授業を受けつつ学科試験などで受かるように部屋に戻ってからも勉強をしました。

2では、PCを持っていきましたがCorei3の11.6型ノートでした。備え付けのはもっとスペックの低いものでした。このようなPCではできることは限られているため、あまり積極的にノートPCを付けたいと思いませんでした。また、周りには見渡す限り田んぼ。遊びに行く場所もなく、一人で合宿教習に行ったため知り合って日の浅い知り合いしか居ないので、積極的に喋りたいと(性格的にも相まって)思いませんでした。

3ですが、“免許取得のための勉強作業”のみという状態でしたので、他に気を向けることが無く脳のスイッチを切り替える手間が省けたために作業に着手しやすかったです。

そして帰宅し、住所のある県で学科を受け、受かりました。

その後私は“作業ノルマが見えない”、“誘惑が段違いで多い自室で”、“いくつもの作業を平行して進める”という、進捗が進まない典型例に陥っています。

作業ノルマとしては終わらせてもすぐ次が来る。いうなれば終わりがない。研究。自主学習。
ハイエンドPC、4枚ディスプレイ、各種ビデオゲーム、寝慣れたベッド、乱雑に並んでいる小物類、各種書籍、狭い部屋。(狭い部屋は誘惑というより苦痛)。
作業ノルマは研究、画力の向上、プログラミング力の向上という平行させざるを得ない組み合わせられないもの。

改善点も見つかっている、改善方法もあらかた思いついている。という状況で、ただの愚痴になっている状況下ですが残しておきたかったので書いた次第です。

問題点が多く、不安が募りすぎて逃避スイッチが入ってしまっている状態です。
打開するためには、プロクラスティネーター的回路から脱却することにあります。
言うだけは気楽でいいですが。実際に行動に移そうとなるとなかなか脳の切り替えが必要です。
あといくつか解決方法のアプローチはありますがこの辺で。

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